2年ダンス発表会12/16

12月の校内のできごとを掲載します。

 2年生女子の保健体育の授業で創作ダンスの発表会をしました。校長先生をはじめ、その時間に授業に入っていない先生方が見学&審査?に訪れました。厳正な審査の結果、A組女子が学校代表として区の連合ダンス発表会に出場することになりました。
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12/16朝礼(人権講話)

12月の朝礼の様子を紹介します。

 12月10日〜16日は北朝鮮人権侵害問題啓発週間でした。16日の朝礼で校長先生から横田めぐみさんの拉致被害を含めた人権問題についてお話がありました。新潟市の中学1年生だった横田めぐみさん(当時13歳)が北朝鮮に拉致されて40年以上が経っています。お母様の横田早紀江さんが記した「めぐみ、お母さんがきっと助けあげる。めぐみがいなくなって長い年月が経ちました。同じように助けを求めている拉致被害者たくさんいるのです。」という文章も紹介されました。
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子どもたちを健やかに育てる運動

12月表彰朝礼の様子を掲載します。  

 子どもたちを健やかに育てる運動推進カレンダー原画に応募した本校3年生5名が入選し、賞状をいただきましたので12月9日の朝礼で披露しました。
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D組小中合同校外学習12/8

 12月のD組の行事を掲載します。

 12月8日に旭丘小学校のあさひ学級の皆さんと校外学習を行いました。D組は本校から江古田駅に向かいそこから豊島園まで電車で移動、その後、徒歩にて光が丘公園へ向かいました。マナーよく電車で移動できました。歩行は途中、春日町区民館で休憩を取りながら長距離をがんばって歩きました。
 光が丘公園では、あさひ学級と一緒に班をつくりお弁当を食べ、その後クイズラリーで10個のクイズを解いて回りました。上級生らしい一面が見れた一日でした。
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ソフトテニス部学年別大会12/1、8

12月の記録を掲載します。

2年生の部
女子の1ペアが見事優勝となりまいた。
1回戦  シード
2回戦  対大泉二中  3-0
3回戦  対三原台中  3-0
4回戦  対豊玉二中  4-1
5回戦  対中村中   4-2
準決勝  対光が丘二中 4-0
決勝   対石神井中  4-3

1年生の部
こちらも女子の1ペアが優勝しました。
1回戦 シード
2回戦 対南が丘中  3-0
3回戦 対石神井南中 3-0
4回戦 対三原台中  4-0
5回戦 対開進一中  4-0
準決勝 対中村中   4-3
決勝  対開進三中  4-2
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バドミントン部表彰

 年末、年始に行われたフジ杯と冬季大会練馬区予選の表彰状の伝達を行いまいた。
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ソフトテニス部大泉高校杯

 12月27日に大泉高校杯に練馬東中学校との合同チームで参加してきました。見事勝ち切り、優勝を勝ち取りました。

予選
1試合目 対 練馬中  2−1
2試合目 対 大泉北中 2−1

1位リーグ
1試合目 対 大泉二中 2−1
2試合目 対 中村中  2−1
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3学期始業式

 3学期始業式がありました。校歌斉唱で久しぶりに体育館に歌声が響きました。

 校長先生のお話
 充実した冬休みが過ごせたでしょうか。コンピュータのシステム障害の影響で通知表は来週渡されることになりましたが、評価評定だけでなく、所見を始め隅から隅まで目を通してください。
 3学期はスキー移動教室や合唱コンクールがあります。クラスがOne Teamとなって頑張ってください。
 箱根駅伝で優勝した青山学院大学の原監督は、「やっぱり大作戦」を目指したそうです。「やっぱり青学が勝ったね」と言われる大会にしたいと思い、それを言葉にしてそれを実現しました。有言実行です。3年生の面接練習をしていると複数回練習した人は格段に良い出来になっています。継続は力なりです。努力すればできるということを信じて、スキー教室を始め3学期に頑張ってください。笑顔を大切に!

 生活指導主任からのお話
1 登校時間が遅れがちな季節、時間に余裕をもって登校を。下校時には寄り道せずに帰宅すること。不審者に遭遇したら身の安全を図り速やかに110番を。
2 冬休み中にケガや事故などにあったら先生に報告、悩みごとは一人で悩まず周りの大人に相談を。
3 過ごしやすい雰囲気づくりを。優しい声掛け、思いやりある言動で落ち着いた学校生活を。
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第44回フジ杯ジュニアダブルス大会(バドミントン)

 12月26日〜28日に第44回ジュニアダブルス大会が行われました。
 15歳以下女子1部(過去に都大会に参加したことのあるメンバーが参加)には、全部で24組の参加があり、本校からは2組出場しました。そのうちの1組が第3位に入賞しました。
 15歳以下女子2部ダブルスには、全部で431組の参加があり、本校からは2組出場しました。2組とも、あと一歩で表彰というところまで勝ち上がりましたが、1組はベスト8、もう1組もベスト16という成績でした。
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平和台SSC1年生ダブルス大会準優勝             練馬区冬季選考会シングルス3位、ダブルス2位・3位

12月1日にSSC主催の1年生ダブルス大会(42組参加)参加が行れ、女子ダブルスで準優勝を収めました。
12月8日に練馬区冬季選考会シングルスの部(男子46人、女子49人参加)が行われ、3位およびベスト8入賞を収めました。3位の生徒はBブロック大会に出場することになりました。
1月6日に練馬区冬季選考会ダブルスの部(男子48組、女子64組参加)が行われ、2位および3位、ベスト8に3組が入賞を収めました。2位と3位の生徒は、Bブロック大会に出場することになりました。
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女子バレーボール部 区民大会準優勝

12月1日(日)、7日(土)に練馬区中学校バレーボール区民大会が行われました。予選を2戦全勝で勝ち上がり、決勝トーナメントも接戦を制しながら決勝戦まで勝ち進むことができました。決勝戦では惜しくも敗れてしましたが、最後まで諦めることなく、日頃の練習の成果を思う存分発揮することができました。
【予選】
 旭丘・光一 25−21 25−24 大泉北
 旭丘・光一 25−23 25−10 光二
【決勝トーナメント】
 1回戦 旭丘・光一 16−25 25−22 25−20 大泉学園桜
 準決勝 旭丘・光一 25−20 19−25 25−23 大泉西
 決勝  旭丘・光一 23−25 14−25 開進四
予選、決勝ともに多くの保護者の方々にお越しいただき、熱い応援をありがとうございました。
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女子バレーボール部 クリスマスカップ優勝

12月21日(土)、西東京市の中学校が中心となって主催しているクリスマスカップに参加しました。東大和市や八王子市、千葉県松戸市などの中学校10校とで予選・決勝トーナメントを行い、見事全勝優勝を果たすことができました。
【予選(1セットマッチ)】
 旭丘・光一 25−13 西東京市立保谷中
 旭丘・光一 25−11 西東京市立田無四中
 旭丘・光一 25−12 東大和市立第五中
 旭丘・光一 25−19 練馬中
【決勝トーナメント】
 準決勝 旭丘・光一 25− 7 25− 3 三鷹市立第五中
 決 勝 旭丘・光一 25−20 25−13 松戸市立第五中
当日は遠方にもかかわらず、多くの保護者の方々に応援に来ていただき、誠にありがとうございました。
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令和元年全国中学生人権作文コンテスト東京大会

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「令和元年全国中学生人権作文コンテスト東京大会」に応募した3年A組の鹿野夏央さんの人権作文が、1300点以上の応募作文の中から練馬区の代表作文として選定され、12月12日(木)に練馬文化センターで開催された令和元年度人権週間行事「講演と映画の集い」において、作文を朗読しました。

        「知ろうとしない」人が多い世の中
 東日本大震災が起こったのは、私が幼稚園の年長さんだったときだ。目の前にあった引っ越し屋のトラックは大きな図体を揺らし、人々の悲鳴がまた飛びかう。まだ幼かった私を母は急いで自転車の後ろに乗せ、死に物狂いで兄のいる小学校へ向かった。その後のテレビに映る凄惨な被災地の姿を見て、幼いながらにも言い知れぬ恐怖を感じた。きっとあの日、みなさんも海にのまれてなくなった東北の街を見て、思いを馳せたであろうと思う。
 あれから8年を過ぎた今日。今、被災地となった東北はどんな状況なのだろうか。悔しいことに、今中学生である私はその問いに答えられなかった。ニュースでも、もう8年前のように連日東北の情報は流れない。流れたとして、前の様にとは言わないものの復興した街が映し出されるだけだ。私だけではない。多分、多くの人々が「あの日」のことを忘れて生きている。では何故、8年前にあれほどの悲劇的なことがあったのに人々はそれを知らず、また知ろうとしないのか。今もまだ被災者が残っているのにも関わらずその声に耳を傾けないのか。
 私がこう考えるようになったきっかけは、父の福島への単身赴任が決まったことだ。福島といえば、原発事故で多くの人が失ったふるさとのある県である。父は福島市内に住むことになった。私は、福島市内が完全に復旧していることに驚いた。市内は津波の被害がなかったとは聞いていたが、ここまで奇麗になっていることを知らなかった。なんとなく、自分が震災についてほとんど知らないことを見せつけられている様で、情けない気持ちになった。
 私の父は報道関係の仕事に就いている。2年後の震災10年の番組をつくるために福島に赴任になったと聞いている。赴任して初めての番組ももちろん「廃炉」と福島の人々を追った番組だった。
 その番組を見たときの衝撃とどうしようもないやるせなさを、私は鮮明に覚えている。「核燃料デブリ」。私はその言葉を初めて聞いた。それは事故で冷やしきれなくなった原子炉が異常に加熱して溶け出し、この8年で冷え固まった物だそうだ。これは強い放射線が出されているため、廃炉への大きな壁となっている。その「核燃料デブリ」に初めて直接触れる調査が行われるという。
 福島の人々の“現状”を改めて番組が追った。その言葉ひとつひとつがあまりに現実的で切実だった。
 福島の私たちと同じ中学生は…。8年経ったにも関わらず今でも毎朝の放射線量の測定をするそうだ。「放射線を測ることによって安全面を確認できる。」そう中学生の女の子は言う。私たちの住む東京では考えられないこと。福島の漁業関係者の方は…。やっと福島で漁業ができるようになったのに、核廃棄物をうすめて海に流すという話が政府で出たそうだ。「やっと高い壁を乗り越える所なのに、上で待ってけり落される気分だ。」そう言う漁師の方。確かに何も知らない私たちは、「汚染された」福島の海の魚と思ってきっと買わなくなる。
 この言葉を聞いて、私には何ができるだろうと考えた。何もできることは、なかった。父が「視聴率はやっぱり低かった。でもこれからも番組をつくる。」と言った。自分がどんなに無力で無知だったかを知った。
 ニュースで「帰宅困難者の子供が避難先の学校でいじめをうけた」とか「福島の魚は買えない」などと報道されることがある。今までそれを聞き流していた自分が憎い。私たちは、東北の今を知らない。知ろうとしない。そのことこそが人権を侵害しているかもしれないということも、知らない。でも、少し考えて見たり聞いたりするだけで、私たちにも人権を守ることができるのだ。漁業関係者の話を聞いて、気安く「福島の魚には抵抗がある」などと言えるだろうか? 福島の私たちと同い年の子供が、放射線量を測定しないと安心できないという状況にいることを知って、避難先でいじめられる人のニュースを聞き流せるだろうか? どんな形でもいい、知ることが大切なのだ。そして、たくさんの人が知ってもらうために大変な苦労をしているということを、忘れないでほしい。 
 今までにたくさんの悲劇が起こった。今もたくさんの罪のない人々がつらい思いをしている。そんな人々を救うのが人権である。それを守る第一歩として、知ることが必要であると私は考える。

第3学年 普通救命講習

12月14日(土)、練馬消防署や消防団の方々にお越しいただき、普通救命講習を行いました。緊急時における救命の手順、心臓マッサージや人工呼吸、AEDの使用法についての講義を受けた後、グループに分かれて実際に人形を使って一人一人練習を行いました。
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