八坂中のはじまり
これは、八坂中ができる前の様子です。 「草創期の記録」によると、この土地は、谷原の焼却場の焼却灰で埋め立てられた土地であったと記されています。
この場所に、「仮称 大泉三中」として、大泉地区の中学校の過密解消のため設立を予定されました。 昭和47年4月1日 練馬区立八坂中学校として開校します。
校地 6000坪 校舎は、鉄筋4階建てです。当初は、普通教室 26 特別教室は、西側に 4 の形で開校を迎えます。 4月6日 最初の始業式は、 新しい学区域により、大泉学園中・大泉中・豊渓中・石神井東中の4校から、2年生 212名が転校してきてスタートします。
新入生を 298名 迎えました。 来賓の方や保護者も含め、ぎっしりと廊下が埋め尽くされています。 全校生徒は、520名になりました。 開校1年目は、3年生がいませんでした。 第1期生は2年間にわたり 最上級生として活躍しました。
7月1日 開校式を行ないました。 炎天下の校庭に椅子を並べて行ないました。
まだ、体育館が無く、八坂の杜の緑に囲まれています。 1年生 7クラス 2年生 5クラス 合計12クラスです。 炎天下も大変だったと思いますが、梅雨の時期、雨だったらどうしたのか、気になりました。
開校した47年の6月 プールが竣工しました。 開校1年目から、プールで授業ができました。
12月には、待望の体育館が完成しました。 今の八坂中の正門前の通りは、桜がとてもきれいですが、当時は、まだ、樹木が見られません。
この写真は、開校当時の校舎の全景になります。 まだ、東側の特別教室がありません。 翌年の12月に、美術室・被服室・第2理科室・木工室が完成します。 また、開校当時は、学校に樹木が見られません。 7月に PTAが発足して、緑化会議が結成されます。 約600本の樹木の寄贈を受けて、植樹されました。 その後、PTA緑化委員会として活動が続けられました。 樹木が育たないので土砂の入替えを行なうなど、多くの方の大変な努 力によって「緑 豊かな八坂中」になりました。 関係された皆さま、ありがとうございます。 |










