開校当時の学校生活

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夏は、やっぱりプールですね。
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運動会では、「棒倒し」が勇壮に行なわれています。
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優勝は、最高の思い出になりますね。
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これは、3年生の授業風景だと思います。
 すてきな笑顔があふれていますね。
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男子は、肩からかける「肩掛けカバン」が多く使われました。
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この写真は、当時の職員室のものです。
 中央に、灯油ストーブがあります。
 各クラスの「灯油当番」が、毎日灯油庫から灯油を運んでいました。
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校庭で「フォークダンス」を行なっています。
 よく見ると「男子どうし」「女子どうし」もあるようです。
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遠足は、秩父のあしがくぼに行きました。
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昭和49年度から、下田臨海学校・軽井沢林間学校が始まりました。
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修学旅行は、京都・奈良方面で行なわれました。
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この時期は、生徒数がどんどん増えていった時期です。
 八坂中も昭和51年度には28クラス全校生徒 1163名になりました。このときは、校庭にプレハブ校舎がありました。
 昭和52年度に、谷原中が開校しました。本校から208名が転出しました。
 翌 昭和53年度には、三原台中・大泉北中が開校します。本校から52名が転出しました。
図にあるように、学区域がだんだん小さくなってきました。