全校朝会のお話

6月6日(月)

今日は読書旬間ということで、本の話をします。

頭が良い、ということはどういうことだと思いますか。物事を知っている、だけでは頭が良いとは言えません。知っていることを使って、考えることができる。それが頭が良いと云うことです。

考えるためには、言葉を知っていることが最も重要です。言葉を使って考えるのです。ですからたくさんの言葉を知っている人は、たくさんのことを考えることができます。たくさんの言葉を身につけるには、たくさんの言葉に触れること、つまり読書をすることです。

宮沢賢治という人を知っていますか。高学年なら国語の学習で勉強したかもしれませんし、図書室にもたくさん本があります。セロ弾きのゴーシュやどんぐりと山猫、注文の多い料理店など。絵本ではなくて、長いお話になると、宮沢賢治さんのお話は、なんだかよくわからないなあ、というものもあります。

そういうお話は物語の筋がどう、というよりも、言葉から浮かぶ風景の美しさや不思議さを楽しむほうがいいのかもしれません。そういうときは、目で読むだけでなく、声に出して読んでみるといいかもしれません。

銀河鉄道の夜、というお話があります。牛乳を買いに出たジョバンニという男の子が、気がつくと銀河鉄道に乗っていた、という不思議な場面です。声に出して読んでみます。みなさんはどんな風景が見えるか、思い浮かべてみてください。

 するとどこかで、銀河ステーション、銀河ステーションと云う声がしたかと思うといきなり眼の前が、ぱっと明るくなって、まるで億万の蛍烏賊の火を一ぺんに化石させて、そら中に沈めたという工合、またダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないために、わざと穫れないふりをして、かくして置いた金剛石を、誰かがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、目の前がさあっと明るくなって、ジョバンニは、思わず何べんも眼を擦ってしまいました。
 気がついてみると、さっきから、ごとごとごとごと、ジョバンニの乗っている小さな列車が走り続けているのでした。ほんとうにジョバンニは、夜の軽便鉄道の、小さな黄色の伝統のならんだ車室に、窓から外を見ながら座っていたのです。(宮沢賢治「銀河鉄道の夜」より)

夜の風景、輝く星空、揺れる鉄道の車室。そんなものが想像できたでしょうか。声に出してみると、知らない言葉でも、言葉の持つ雰囲気を感じ取ることができます。

なんだろうと思う文章があったら、ぜひ声に出して読んでみてください。一度で感じなくても何度か声に出すうちに、感じるものが出てくることでしょう。

あ、それから一つだけ、読書の約束、大事なことを言います。どんなに面白い本を読んでも、道路を歩きながら読んではいけませんよ。車や人にぶつかってしまっては、面白いお話も面白くなくなってしまいますからね。

6月20日(月) まちがいはラッキーチャンス

校長先生は、皆さんの学習の様子を見るために、教室に行きます。そこで見つけた各学級の取り組みの良さは、他の先生にも知ってもらって、良さをどんどんアップさせようと、他の先生方にも伝えています。今日は、子供の皆さんにも、ぜひ伝えたい取り組みがあったので、そのお話をします。

算数少人数指導の大谷先生の教室に、「まちがいはラッキーチャンス」という言葉が張ってあります。たぶん同じような言葉は、どの先生からも聞くと思います。

「教室は間違うところだ」、「間違っても良いんだよ」 そうは言われても、と思いますよね。間違えると恥ずかしい。間違えると馬鹿にされる。

そう感じるのは自然です。人間は誰でも上手くやって認められたい、誉められたい、と思います。それは正しい。ただ、目標をもう少し遠くに置いてみましょう。みなさんが小学校にいるのは、中学、高校、大学などを通って、大人として自分の仕事ができる力を身につけるためです。力を身につけるのが目標なのです。

1時間1時間の中でも、「わかる」、「できる」ようになることがめあてです。間違うか、間違わないかは、言ってみれば、かけっこのレースの途中。最後に自分のゴール、「わかった」、「できた」にたどり着くことができるかどうか。45分の授業の中で間違うことは、むしろゴールするために必要なことなのです。

とは言っても、何でも間違えば良いということではありません。正しいまちがい方があります。例えば、「大一小の子供は何人でしょう」と問われたときに、「100人、1000人」、「50人」と当てずっぽうに答えること。当てずっぽうは、あたってもあたらなくても、ただの偶然。考えた結果ではありませんから、皆さんの力にはなりません。これは、幼い間違え方。特に高学年の人がこんな答え方で間違ったなら、それは恥ずかしい。

恥ずかしくないまちがい方は、「うちのクラスは30人くらいいて、学校には12学級。かけ算すると360人くらいかな」。実際には317人ですから、これもまちがいですが、このまちがい方は恥ずかしくない。なぜ間違ったのかな、と考える。「そうか、30人いるのは多い方なんだ。1年生のようにもっと人数の少ないクラスもある」そう考えると、360人をもとに、それよりは少ない。と考えることができます。こういうまちがい方は、恥ずかしいどころか、実に立派です。1時間の中で成長するまちがい方です。

黙っていて、誰かが答えるのをまっていれば、それは間違いません。でも、その代わり授業で成長することもできません。1年間そんなことをしている人と、間違いながら力を付けていく人、どちらが成長できるでしょう。言うまでもありませんね。

友達の発表を聞くことにもチャンスはあります。「合った、間違った」だけを気にしていても、自分の力にはなりません。なぜそうなるのだろう、なぜそうならないのだろう、と考えること、こうすればいいんじゃないか、と提案することで、力は高まります。

つまり、自分の間違いであっても、友達の間違いであっても「間違いはラッキーチャンス」なのです。成長するチャンスです。ぜひ、先生たちと一緒に、勇気を持ってこのチャンスをつかんでください。

6月27日(月) 自分の考え

おうちで、宿題をしなきゃならないとき、おうちの方に言われました。「早く宿題しなさい!」
「今、するつもりだったのに、そんなこと言われたから気分悪い。やる気なくなった。」って、そんなことありませんか。

おうちの人が言ったから、やる気がなくなった。宿題をやらないのは、早くしなさいって言ったおうちの人のせい。ぼくのせいじゃないよ。これ、本当でしょうか。

これからおやつのケーキを食べようとしています。「早くケーキを食べなさい」って言われたとき、食べるの、やめますか。もちろんケーキが嫌いな人は、フルーツでも、おせんべいでもいいんです。自分の好きなものだったら、食べなさいって言われても言われなくても、食べますね。誰かがいったから、こうした、のではなくて、自分で決めています。

友達と一緒に授業中におしゃべりしていたら、先生に注意されました。「だって前にいる○○さんが話しかけてきたから」って返事をします。でも、隣の○○さんは一生懸命ノートをとっていますよ。話しかけてきた人に応える、ノートをとる。選んだのは誰ですか。自分ですよね。

「○○ってさあ、こないだのテスト30点だったんだぜ」、「そんなこと言っちゃダメだよ」、「だってほんとのことじゃん」
でも、○○さんがお当番の仕事を頑張ってたのも、ほんとですよね。ほんとのことから、相手が嫌がることを選んだ人は誰ですか。自分ですよね。

逆に、こういうこともありますよ。

しっかりお掃除してました。「がんばっているねえ。そうか○○さんが一緒だからね。○○さん、ありがとうね」
違うよ。がんばったのはぼくだよ。○○さんはいつもしっかりしているかもしれないけど、それはそれ。今、ぼくは自分で頑張るって決めて、がんばっていたんだよ。ねえ、そうでしょう。

自分がすることは、どんなことでも自分で決めています。やることもできるし、やらないこともできる。人が喜ぶことも、人が悲しむことも、やり方は自分が選んでいます。周りの人がいようといまいと、周りの人がなんと言おうと言うまいと、自分のやることは自分で決めています。

誰かのせい、何かのせいにしている限り、自分が成長したことにはなりません。良いことも良くないことも、自分が決めた。だからこの先どうすればいい、と考えることが成長です。

自分が決めていることに自信と誇りを持ちましょう。