全校朝会のお話

11月1日(火) 開校70周年記念学芸会を終えて

3年生 怪獣のバラード
1年生 ニンニンニンポウ ハラヘッタ
5年生 ショウ・マスト・ゴー・オン
4年生 本当の宝物は
2年生 バンナナととのさま
6年生 ラッツ 夢を持って生きるネズミたちの物語

それぞれの場面が浮かび上がります。みなさんが、他の学年の劇の、楽しかった1場面を思い出せるように、他の学年の人はみなさんが工夫して表現したみなさんの劇を思い出しています。
 そこで、かっこいいなあ、上手いなあ、がんばってるなあと思った気持ちが、心の底に残り、たとえ劇のストーリーを忘れてしまっても、劇って良いなあ、人と何かをつくるっていいなあ、という思いが残ります。いつかまた、劇ではない場面で、人と協力したり、人に何かを伝え合いたいなと思うかもしれません。それが伝える、受け取ると言うことです。

おうちの方の感想はどうだったでしょう。凄く良かったよ、と誉めていただいた人もいるでしょうし、まあまあだったんじゃない、っていわれた人もいるでしょう。中には、あれだけなの、とちょっとがっかりする言葉がある人もいるかもしれませんね。

残念ですが、自分の頑張ったことは、全てが誰かに伝わるわけではありません。ぼくわたしがこんなに頑張ったんだから、当然周りのみんなはぼくわたしのがんばったことを誉めてくれなきゃおかしいよ、ってわけには行きません。

なぜなら、がんばっているのは、ぼく私だけではないからです。おうちの方も、友達も、周りの人のことを見る余裕がないほど、必死になってがんばっているのかもしれません。子供には見えないところで、がんばっているかもしれません。ほら、みなさんだって泣きながら頑張ることがあるでしょう。そういうときは、泣いていたことは隠しますよね。そう、一番苦しんでいたことは、見せたくない。

そうなると、そのことはなかなか気付いて貰えない。

誉めて貰えることは嬉しいこと、誉めて貰えることは力になること、でもね。一番大事なこと、一番大事な力は、自分で自分を誉めることです。

自分ががんばったことを一つ一つ数えてご覧なさい、その結果がどうであったか、数えてご覧なさい。

ぼくわたしはがんばった。ぼくが頑張りたいと思ったからがんばった。そして、何かの成果を生み出した。ぼくはやるべきと思ったことをやって、やりとげた。そのぼく私は偉い。次に何かがあっても、きっとぼく私はやりとげる。

誰が誉めてくれなくても、ぼくわたしは、ぼくわたし自身ががんばったことを知っている。そうすると、これから先も、ぼく私自身が頑張る力になっていきます。

12月には周年事業が重なります。周年集会は子供たちどうして伝え合う活動です。式典は5・6年生が、地域の方々、昔の小学生だった人たちに、今、そしてこれからの大一小の取り組みを伝える会になります。自分のやるべきことに取り組んでいきましょう。

11月14日(月) 読書月間に寄せて

調査船で科学調査に向かったアロナクス教授は、謎の潜水艦に船を沈められ、仲間と共に、謎の潜水艦ノーチラス号に捕らわれます。

ノーチラス号の船長、ネモ船長は、アロナクス教授とその仲間三人をつれ、冒険の旅に出かけます。世界中の海を巡り、ある時には海の中の森を探検し、ある時には海に沈んだ船を見ました。またある時にはノーチラス号をおそう巨大なタコと戦いました。

でも、ネモ船長は、決してアロナクス教授を陸上の世界に帰そうとはしません。海底の王様、ネモ船長は、実は陸の国々と戦っていたのです。哀しい思い出と共に。

さて、このお話しの題は「海底二万里」と言い、作者はジュール・ベルヌというフランスの人です。この世界中を探検する潜水艦ノーチラス号のお話しが、いつ頃書かれたものかわかりますか。実は、この作品が書かれたのは1870年、今から150年も前のことなのです。もちろん大一小が生まれる前の話です。

みなさんも江戸時代のことは知っていますね。お侍さんがいた時代、まだ江戸時代と呼ばれていた頃にジュール・ベルヌは生まれました。この作品が書かれた頃、1870年は、日本は明治時代といって、自動車も電話もない時代です。初めて日本で鉄道ができたのは、この作品が書かれてから三年後、明治5年のことでした。もちろん今のような電車ではなく、もくもくと蒸気を吐く蒸気機関車、それも新橋と横浜の間だけ、日本中で鉄道があったのはここだけだったのです。

海を走る船もほとんどが帆船といって、ヨットのように帆が付いた船だった時代です。この物語に出てくるような潜水艦が、実際に使われるようになったのは1900年、物語のずっと後のお話しです。もしかすると、この物語を読んだ人たちが、そんな潜水艦があったらいいなあと思ってつくったのかもしれません。

世界で初めて飛んだ飛行機のことを知っていますか。1903年、潜水艦よりも後の時代に、ライト兄弟によって世界初めての飛行機ライトフライヤー号がとばされました。実は、その40年も前に、ジュール・ベルヌは「月旅行」という物語を書いています。実際に月に人が行ったのは1969年。ジュール・ベルヌが月旅行を書いて100年も後のことです。

こういう物語、そのときに判っている科学を元にして、未来のことや宇宙のことなどを想像してつくる物語をSFと言います。この作品を書いたジュール・ベルヌはSFの父とも呼ばれました。

今もたくさんのSF小説が書かれ、宇宙船で銀河系の果てまで行ったり、タイムマシンで未来を訪れたりする物語が生まれています。今は、そんなことはできないよ、と思うかもしれません。でも、ジュール・ベルヌの小説を読んだ人たちが、潜水艦を作ったり、ロケットをつくったりして夢を叶えたように、今のSFを読んでいる人がたちが、夢を叶えるかもしれません。

みなさんはどんな読書をしますか。

11月28日(月) 責任を負うということ

今日は責任というお話をします。

高学年の人はよく責任という言葉を聞きますが、1年生さんはまだあまりよくわからないかもしれません。責任というのは、それぞれの立場でやらなければならないことをしっかりやる、ということです。

例えば校長先生には、校長先生という立場でやる仕事があります。それをしっかりとやる。先生方には先生というお仕事をする立場で、しっかりとやらなければならないことがある。お母さんという立場、お父さんという立場で、それぞれのやるべきことに取り組んでいます。

みなさんには、小学生という立場でやらなければならないことがあります。これは高学年児童のみなさんにはよくわかりますね。5年生としての責任、6年生としての責任、とよく言われます。

先週の金曜日、校長先生は高学年のみなさんが70周年式典の練習に取り組む姿を見てきました。大変立派な取り組み方をしていました。それは、高学年のみなさんが、自分たちが大一小の代表であるという責任をしっかり捉えていたからだと思います。5・6年生の姿が大一小の姿として見られる、その重さをしっかりと受け止めている。それが責任と言うことです。

責任を負うと言うことは、重い荷物を背負うようなものです。誰だってわざわざ重い荷物を背負いたくはない、けれどもそこに重い荷物がある。そんなときに、力のある人、体力のある人が、この荷物を小さい人に持たせるわけにはいかない。ならば自分が持とう、それが責任を負うということです。

今は低学年のみなさんもやがて高学年になります。そのときに、同じように高学年としての責任を果たせるようになって欲しいと思います。

今週の木曜日には、歌手のORICAさんがミニコンサートを開いてくれます。ギタリストのタクちゃんも来てくれます。本当は歌手の人にコンサートをお願いしたら、とてもお金がかかります。でも、ORICAさんとタクちゃんは、歌の喜びを伝えるシンガーとミュージシャンとして、これから大きくなっていく子供のみなさんに夢を伝えたい、と言って、お金のことはいいから一緒に70周年のお祝いをさせてください、と言ってくれました。

またコンサートをするための機材、大きなスピーカーやアンプなどは、地域の青少年委員の小美濃という方が、子供たちのためにと、お仕事で使ってる機材を貸してくださることになりました。

ORICAさんやタクちゃんの、ミュージシャンとしての責任、小美濃さんの大人としての責任、自分が得をするためではなく、自分がやらなければならないと思ったことをやる、そういう思いが伝わってきます。

やがて大人になるみなさんも、それぞれ、何ができるか、何をするべきかを考えて言って欲しいと思います。