「向日葵」
一年生に挨拶をする。お返しの「おはようございます。」が響く。一年生の教室のすぐそばの庭に向日葵が咲いた。向日葵を見ると、少年の頃を思い出す。隣家のあっこちゃんの庭に大輪の向日葵が咲いていたからかもしれない。
ヒマワリを「向日葵」と書くのを知ったのは、小学校に入ってからである。学校の先生は、「お日様の方を拝みながら咲くのよ。」とおっしゃった。
手かざしに 向日葵あおぐ 校舎かな
平成24年7月3日(火)8時30分
【校長日記】 2012-07-03 08:39 up!
「生き物はつながりの中に」
平成24年6月28日(木)5時間目、前村学級の授業の様子である。中村桂子氏が書いた「生き物はつながりの中に」(説明文)を読んで、根拠を示す「つなぎことば」「指示語」を使いながら、自らの意見を書く活動を見た。「このことから」「このようなことから」「それは」などの接続句を使いながら、自らの意見を書く子供の姿に感動する。
【6年】 2012-06-28 15:14 up!
校長講話「雨の夜のかっぱ」
「雨の夜のかっぱ」を読みます。
「浪人の小幡一学は、雨の夜、おほりばたを歩いていると、十歳くらいの子供がぬれながら歩いているのに出会った。『おい、わしのかさへ入れ。』声をかけたが、子供はしくしく泣いているらしい。」
こんな出だしの話です。筋は、子供が突然一学の腰をつかまえて、無理やりおほりに引き込もうとする。一学は引き込まれないとするが、子供の力の方が強い。一学は、全身の力で子供を突き飛ばす。辛うじて引き込まれないですむ。一学は、落ちた姿に向かって「かっぱか。」と言うのである。
筆者は、どうしてこの話をしたか。私が子供の頃、祖父、祖母、父、母も、「一人で川へ行くな。河童が出る。一人で湖に行くな。河童が出る。」と脅かした。少年の私は、河童がいると信じていた。河童は実在しない虚構の存在である。後年、虚構や嘘の話の中に真実があることに気付く。先祖の嘘の話の中に知恵がある。真実がある。子供には、怖いもの、畏れるものが必要だ。平成24年6月23日月曜日
【校長日記】 2012-06-27 13:14 up!
不思議なバラ
このバラ、店先に出ない。それはそうだろう。ほとんどの人が振り向かないし、摘んで生けようともしない。それがノイバラだ。爪木崎、弓ヶ浜近くを歩くといい。ほのかな香りが漂っているのは何の香りかしら、と思うと、きまって一重のバラが咲いている。このバラを見て、「いばらの道」という言葉を思い出す。バラの刺が至る所にあるような道を言うのかもしれない。
「誰が見ていなくてもいいのです。知られなくともいいのです。でも、私は自分の花を咲かせてみますよ。」という、ノイバラの声なき声が聞こえてくるような気がする。不思議なバラだ。
潮騒を 聴くノイバラの 耳みえし
平成24年6月19日
【校長日記】 2012-06-27 08:31 up!
俳句と短歌を楽しく読む
平成24年6月26日(火)1時間目、小笠原学級の授業風景である。俳句、短歌の調べ、よさを感じるにはどうしたらいいか。丸ごと視写して、暗唱できるくらい何度も何度も声に出して読むことである。分析的な解釈はいらない。まず、覚えるくらい声に出す。声に出しながら、俳句と短歌の違いに気付くだろう。俳句には、いわゆる「切れ字」がある。
静けさや 蛙飛び込む 水の音
この句の切れ字は、静けさや、の「や」である。ここで、間をとる。どうしてか。俳句は二枚絵でできているからだ。静かな情景を描く。その静けさを予想させる。どんな静けさなのか読み手は、思い思いに予想すればいい。間をとって、次の二枚目の絵を読む。すなわち、蛙飛び込む 水の音である。蛙が飛び込んでいる姿、どこに飛び込んでいるかを予想する。そのあと、どんな音かを予想するのだ。このように俳句は二場面の詩である。詩というものはいいなあ。面白いなあ。奥行きがあるなあ。このように思わせたい。
【4年】 2012-06-26 16:28 up!
「こんにちは、リコーダー」
平成24年6月26日(火)4時間目、音楽室の授業風景である。はじめに、「ほしまつり」を歌う。リコーダーの基本技を身に付けるために、「シラソの音」で旋律を作る活動を取り入れる。3つの音だけでも、きれいな調べが流れるから面白い。
【音楽科】 2012-06-26 16:16 up!
5年「敬語の意味とその使い方」
この写真は、平成24年6月25日(月)3時間目に撮った。ハイハイ、とこれみよがしに手を挙げる者はいない。集中している。敬語活動は減ってきてはいるものの、敬語が廃れているわけではない。芯の強い敬語を聴くと、筆者はその表現の奥ゆかしさに感嘆する。大泉西小の子供が、日本語の敬語法に気付くためには、誤用がなんであるかから勉強しなくてはならない。担任の先生は、誤用例を示しながら、その部分を訂正させる活動を重視されていた。試行錯誤という言葉がある。錯誤してみて、正しさを見つける。これである。
【5年】 2012-06-25 11:48 up!
6年「同じ部首や部分を含む同音異義語」
平成24年6月22日(金)4校時目、山川学級の授業風景です。「要求」「野球」「救急車」の「求」の字は3種の語のいずれにも含まれています。つまり、同じ部首や部分を含む同音異義語を集めることで、漢字を構造的に理解しようというのです。漢字の構造と体系を理解して覚えれば、漢字は意外と覚えやすいものです。
【6年】 2012-06-22 14:41 up!
5年「敬語の意味と使い方」
平成24年6月22日(金)1校時目、浪間学級の授業風景である。「いらっしゃってくれた。」という敬語記述をしている子供がいた。敬語は誤用に気付くことから、その敬語のもっているよさが見えてくる。特に謙譲表現は難しい。これを身に付ければ、日本心の奥行きに感動するだろう。
【5年】 2012-06-22 12:17 up!
「教育実習生研究授業」
平成24年6月21日(木)5時間目、永川教諭指導のもと、永本実習生が研究授業を行った。単元名は、社会科「練馬区のようすを調べよう」である。各班ごと調べる地域・対象が異なっている。その班ごとの、調べ学習の成果を発表する場面である。
【3年】 2012-06-21 13:59 up!
3年「海をかっとばせ」
平成24年6月21日(木)3時間目、小畑学級の授業風景である。音読一人読みから始まる。「人物の行動、情景から人物の心理を読み取る」のは、文学的学習材の面白さである。
【3年】 2012-06-21 12:21 up!
1年「おさるがふねをかきました」
平成24年6月21日(木)2校時目、小池学級の授業風景です。動作を取り入れて、お話しの意味を確認する作業を取り入れていました。
【1年】 2012-06-21 11:56 up!
1年「おさるがふねをかきました」
平成24年6月21日(木)1校時、青山学級の授業風景である。学習材「おさるがふねをかきました」を音読し、そのあと視写。視写の効用については、今次の学習指導要領ははっきりと明記している。筆者は、日本語は書いてみないと分からないところがある、と思っている。
【1年】 2012-06-21 11:48 up!
「きって、つなげて、すてきな世界」2
段ボールを切り取る技術は基本の「き」である。その基本を身に付けて、そのあとに応用を目指す。時計を造る子供もいるだろう。城を造る子もいるかもしれない。部分と部分をつなげていく。どんな大作でも、部分と部分のつながりから生まれる。そのつなげ方に、その人の個性や独創性が発揮される。文章は、文と文のつなげ方、つまりは係り受けが大事である。図工の造形活動もまた、その係り受けが大事なのかもしれない。平成24年6月20日
【図工科】 2012-06-21 08:44 up!
4年「同音の言葉の意味」
同音異義語の多い言葉、それが日本語だ。「すもうをとる」「ぼうしをとる」「でまえをとる」の「とる」は同音の動詞だ。動詞のことを「うごきの言葉」とも言う。日本語の動詞は大和言葉の姿を顕著に現している。上代から今日まで、それほど大きく変化していない。が、同音動詞であっても、意味は異なる。大きく異なる意味もあれば、小さく異なる意味もある。また、同音語には、言葉のスペクトルのような微妙な滲み(ニュアンス)がある。
辞書を引く。この姿がいい。これが習慣になればしめたものだ。平成24年6月19日3校時
【4年】 2012-06-20 11:10 up!
「きって、つなげて、すてきな世界」
8時48分、子供たちは席について守安先生の顔を見ている。静かだ。一枚目の写真は、段ボールカッターを使って切り取る方法を師範しているところである。やって見せながら、注意すべきことを指示する。その行動的な指示を子供は目を凝らして見ている。二枚目の写真は、子供の操作課題を評価しながら、その子に合った支援をしているところである。
【図工科】 2012-06-20 09:40 up!
「スイミー」の授業
これは、平成24年6月19日2時間目の松原学級の授業風景である。静かだ。主題は「スイミー」。学習のねらいは、「スイミーを紹介するために、スイミーがどんな魚か、読み取る」こと。二枚目の写真は、子供がワークシートにどのようなことを書いているか、机間評価用紙にメモをしているところ。
【2年】 2012-06-20 08:31 up!
3年「ありの行列」
平成24年6月18日5時間目の永川学級の授業風景である。単元主題は「ありの行列」。これは説明文である。事実、研究成果例などを挙げながら筆者は「ありの行列」の謎を解いていく。その謎解きの流れを論理的に叙述している。その論理の係り受けを学ぶ。これが説明文学習材の面白さである。パラグラフ7の冒頭は「この研究から、」という鍵になる言葉が示されている。この研究からの「この研究」とは何を指し、何を意味しているか。
【3年】 2012-06-19 12:06 up!
2年「ともこさんはどこかな」
平成24年6月11日2時間目、伊藤学級の授業単元は、「ともこさんはどこかな」である。挿絵には、ともこさんらしき人が何人もいる。迷子のアナウンスをよく聴かないと、ほかの人を指さしてしまう。実際、よく聴かないでともこさんでない人を指している子供がいた。2回目のアナウンスを聴いて、自らの指したところが間違っていることに気づく子供の姿を見た。こうやって、聴くことの大切さを学んでいくのだ。
校庭から渡ってくる初夏の風が涼しかった。
【2年】 2012-06-11 10:34 up!
校長講話「読む」
おはようございます。きょうの話はこれ。(掲示の写真をかざしてみせると、「ドク」という声が聞こえる。)そう、音読で「ドク」、訓読で「よむ」。読むのもともとの意味は、声に出して読むことです。女・子供が、訓読で「よむ」と読むようになったのは、おそらく11世紀頃だと思われる。それも一部の人々です。声に出して読んでいた。もともと訓読の始まりは声に出すこと。小学校低学年、中学年で音読が十分でないと、黙読では意味理解できないことが脳科学の研究で分かっています。ところで、江戸時代は凄い時代です。外国人宣教師が日本に上陸する。市中を見て歩くと、女、子供が書物を読んでいるので、感動したというのです。その時代、英国では上流階級の者でないと本は読まないからです。江戸時代は、世界一の読書大国であった可能性が高い。明治維新を成功に導き、太平洋戦争では負けて立ち上がれたのも、識字力・読書力の賜です。読書はいい。皆さんが読書している姿、見ています。素晴らしい。美しい。平成24年6月11日(月)
【校長日記】 2012-06-11 09:24 up!