大泉西小学校のホームページをご覧いただき、ありがとうございます。子供たちの頑張っている姿や学校生活の様子をお知らせしてまいります。

「いじめは卑怯」

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 平成24年11月5日全校朝会で次のような話をした。まず、「卑怯」という言葉について。みなさんは、「卑怯」という言葉を聴いたことがないかもしれない。どういう意味か。やり方がずるくて卑しいこと。私が少年時代、この言葉は大人の間でも、子供たちの間でも、日常語として使われていた。卑怯と言われることは恥ずかしいことだった。戒めの言葉であった。卑怯の最たるものは、「いじめ」である。いじめにかかわる卑怯に三つある。一つは、自分より弱い者をいじめることである。二つは、いじめを見て見ぬふりすることである。三つは、いじめの首謀者に荷担し、いじめを助けることである。この三つの卑怯は許されない。許してはならない。11月はいじめ一掃撲滅月間だ。どうしてこの月間が設けられたか、担任の先生からよくよく話を聴いてほしい。いじめは卑怯。

6年・キャリア教育「アニメーション作家の仕事」

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 平成24年11月1日、アニメーション作家の遊佐かずしげ氏をお迎えして、アニメーション作家の仕事の流れについてお話を聴く。遊佐氏は、アニメーション資料を実際に見せながら、地道で根気のいる仕事であることを説く。どんな仕事も、粘り強い作業の連続であることに、子供たちは気づいたようである。最終目標は、アニメーション作家になったつもりで、実際にアニメーションをつくることだ。

全国小学校長会研究協議会・奈良大会

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 平成24年10月25日、26日の2日間、奈良県立体育館で催す。1日目、奈良県副知事の挨拶に始まり、多くの来賓の祝辞をいただいた。午後から分科会に分かれて協議。協議会は4時半まで続く熱気を帯びた。2日目、大会総括及び大会宣言を起草し、承認。そのあと、シンポジウム。

公開授業

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 平成24年10月24日、この日は練馬区教育会主催による研究日。早川玲教諭による公開授業を催す。練馬区の音楽専科の先生が、早川教諭と子供たちのやりとり、演奏などを参観。

げんのうの使い方

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 平成24年10月23日2時15分、図工室を覗く。げんのうを使って釘を打っている。げんのうが釘の頭を打つ度に滑って鈍い音を立てる。案の定、げんのうの丸面を使って打っていた。で、げんのうには丸面(凸面)と平面の二面があることを教え、釘の打ち始めから打ち終わり少し前までは、平面で打つよう助言した。「打ち止めに丸面を使うといい。」と言いながら、やって見せた。加えて、げんのうを持つ位置を示して、「このようにしててこを使って打てば楽に打てる。」と言い添えた。

すすきの穂

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 平成24年10月11日12時30分、すすきの穂を撮る。撮りながら保護者の方が子供に品を渡して帰っていく姿を見る。いいなあ。

 
  すすきの穂 根もとで鳴くは 虫かしら

音楽集会「エーデルワイス」

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 平成24年9月27日の音楽集会で、四年生が「エーデルワイス」をリコーダー演奏した。涼しい音色が流れる。いいなあ。


 根子岳のエーデルワイス見えにけり

校長講話「いじめは犯罪」

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 平成24年9月24日(月)の話。
 大津のいじめ自殺事件がクローズアップされ、その報道を聴く度に胸が痛む。過日、本校の卒業生とそのお母さんが校長室に来室された。その卒業生が言う。
 校長先生、「いじめ」と言うからいけないと思います。傷害罪、暴行罪、自殺教唆罪と言えばいいのです。「万引き」も「マンビキ」と軽く言うからいけない。「窃盗罪」「どろぼう」と言うべきです。「カツアゲ」もいけない。「恐喝罪」と言うべきです。このように言葉で「事実を隠す」誤魔化しが流行しているのですが、これがいけない。
 いい話を聴きました。ほんとうにそうですよ。いじめを見て見ぬふりをする。これも隠すことです。隠してはいけない。
(上の写真と記事とは関連しません。)

敬老者対象・絵手紙篆刻入門講座(2)

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 平成24年9月13日(木)に催した絵手紙篆刻入門講座の続報。写真を二枚掲載。絵は下手に描く。そのわけは前回のブログでお話した。幸せになるためには、自然の触れることが欠かせない。3.11以降、人々の幸福感に変化が生まれた。幸福の感じ方を変える試みである。この絵手紙篆刻講座で筆者が話したかったことは次の三つである。実際には、一つしか話せなかったが。
(1)ネット関連のケイタイ等に心を奪われてはいけない。依存症になっている人もいる。ネットで得られるよさは認められるが、それ以上に幸せを感じる趣味も大事だ。茄子を見てへたな絵を描く。心地よい時間の流れとともに、長期記憶として心地よい思い出になっていく。
(2)文字の発生は、甲骨文に見られるように引っ掻く、刻するということであった。脳科学的に言えば、引っ掻き、刻する行為は脳の深いところに記憶される確率が高い。○○○○ホーンのように滑らして閲覧するのとは質的に異なる営みである。不便そうにみえる営みが脳を活性化させるとしたら、そして脳の幸せに通じるとしたら、等閑に付すわけにはいかないだろう。
(3)幸せの指標をモノとお金に置き換えてきたのが、これまでの経済成長路線であった。が、これからは趣味やボランティア、自然とのつながり、人とのつながりが幸せの指標になっていくだろう。電気を付けないでローソクだけで風呂に入る人が増えつつある。

敬老者対象・絵手紙篆刻入門講座

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 平成24年9月13日14時より、西大泉地区区民館併設の敬老館で「絵手紙篆刻入門講座」を催す。まず、絵手紙から。絵手紙の最終目標はへたに描くこと。なにゆえへたに描くか。水彩画家・安野光雅氏は、「絵はうまく描こうとしないことがいいのです。へたに描いた方が味がでます。」とおっしゃっている。同感である。うまく描こうとするから、肩に力が入り、定型的に描こうとする。で、味が失われる。へたに描くにはコツがいる。どんなコツか。第一は、はみ出して描くこと。第二は、塗り込まないこと。つまり、白い部分を残すこと。第三は、筆を立ててゆっくり引くこと。あたかも、ノミでほるかのように。
 次に篆刻。これは油断がならない。印の発生は、神との契約にさかのぼる。それがやがて社会契約の印となり、その社会契約を超越して芸術の世界に高められる。印を彫るとはどういうことか。その本質について、香る程度にお話をした。

ジュニアリーダ対象「絵手紙・篆刻入門講座」

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 平成24年9月9日(日)、東大泉地区区民館で「絵手紙・篆刻入門講座」を催す。53名の参加者。ます゜絵手紙から。へたに描くを目標にする。どうしてへたに描くのか。うまく描こうとすると、絵が硬くなる。デッサンの線もおもしろみがなくなる。そこで、へたに描くコツを示す。後半は、篆刻印づくり。これは、感動がある。絵手紙に自らがつくった印を押すときの感動は名状しがたい。朱印には力がある。人の心を一瞬のうちに変える。まさに印セラピー。

  絵手紙に ドラマ仕立てで 印を押す
  

一学期後半始まる

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 平成24年9月3日、一学期後半が始まる。8時28分、子供たちの精悍な顔を見て、うれしい。生死を左右する事故がなかったこと、有り難い。子供たちには、「事故なく戻ってきてくれて、ありがとう。」と言う。「10、10、10」の法則について話をする。目標を立てる。三日で目標を忘れ何にもしなくなることを、古人は「三日坊主」と言って戒めた。目標は唱えるだけではだめだ。紙に書く。そして唱える。まず10日続ける。これが大事。次に10ヶ月。10ヶ月続ければ自信がつく。力がつく。その次が10年。10年続ければ、その道の専門家になる。揺るぎない自信が生まれる。自信をつけて欲しい。自信をつけた人は、人の悪口を言ったり、いじめたりしないものだ。自信をつけよう。

篆刻入門講座(絵手紙に印を押そう)

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 平成24年8月29日午後2時30分より南町小で篆刻入門講座を催した。講師は松尾正幸校長、受講者は区内教職員。最初に絵手紙を描く。最終目標はへたに描くこと。へたに描くのはどうしてか。うまく描こうとするから、筆遣いが硬くなる。へたを目指せば無心になりやすい。つまり筆遣いが柔らかくなる。これがいい。へたにはコツもいる。どんなコツか。ここでは茄子を題材にして描いた。どこから描くかというと、「へた」から描くのである。これはおまじない。次に茄子の絵付け。色は全部つけない。白いところを残す。そして、葉書からはみ出すように描く。全体を描く必要はない。この三つがへたに描くための技である。この技、特別な技ではない。幼児が自然に身に付ける技である。幼児の絵に味があるのは、ゆえなきことではない。

  朱印押す ドラマ仕立てで 描く葉書

フウセンカズラ

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 平成24年8月21日朝、フウセンカズラが揺れている。そのすぐ近くにトマトが見える。少し色づいているな。カリンの実も見える。涼しい顔で黙っている。

   手かざしに フウセンカズラ 見る私

ブルーベリーの研究

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 「学校の隣の農園からブルーベリーを摘んできました。生活科の学習材になると思って。実踏もかねて。」
 これは松原教諭の言葉です。時計を見ると、まもなく12時です。で、お昼休みに行ってみました。すでに摘んだ方が五人並んでいました。盛況です。私も摘ませてもらうことにしました。摘みながら、「地域の教材資源ここにあり。」と心の中で呟きました。一枚目の写真は松原教諭が見せてくれたブルーベリーです。二枚目は私が摘んでいるところです。三枚目は私が摘んだ鈴なりのブルーベリーです。
 園長さま呼んでいいのでしょうか、素敵な奥様が、「ブルーベリーは目にもいいですよ。」とおっしゃる。幸せな気持ちになりました。ありがとう。

夏の学校図書館(2)

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 平成24年8月7日9時40分、学校図書館を覗く。子供が一人椅子に座っている。「時間を間違ってプールに来たの。」と言うので、「それでは、本を読んで待つといい。」と話す。ひろばの図書館開放委員さんが、静かな学校図書館で業務に専念されている。話を伺う。「土曜日、日曜日はほとんど来てくれません。たまに中学生が勉強をしに来ます。校庭にも来ないし、子供はどこにいるんでしょうね。」と。
 筆者は、一週間に一回、練馬区立貫井図書館に通う。インターネットで予約していた、図書やCDを受け取るためだ。資料室横の机を借りて、調べ物をすることもある。そうした時に図書館職員の丁寧な対応に感嘆する。欲しい資料の相談にものってくれるし、ない資料は取り寄せてもくれる。また、インターネットで、「取り寄せ中です。」「取り置き中です。」などのお知らせもしてくれる。私が学生の頃、インターネットはなかたったし、図書館職員数も少なかったのでサービスの質は低かった。それが今では、いたれりつくせりだ。近い将来、公共図書館と学校図書館のデータベースの共有化が実現するだろう。その実現を願う。

   楽しみは予約した本受取りて電車の中でページめくる時 

オシロイバナ

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 平成24年8月6日午前10時11分、雨の音を聴く。校長室の窓越しにオシロイバナが見える。雨に濡れて咲くオシロイバナも趣があっていい。2年4ヶ月前、筆者はオシロイバナの種を蒔いた。それが、こうして咲いてくれるだけで神秘的な感じがするのは雨のせいかしら。

     オシロイの 種を数える 日なつかし

サマースクール

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 平成24年8月2日9時40分、二年生の教室を覗く。プリントの問題を解いていた。いいなあ。暑い中で勉強する姿はいい。子供たちには、夏の勉強が似合う。先生が熱心に教えている。夏と熱心の組み合わせもいい。涼しいだけがいいのではない。汗が噴き出るほどの夏の後の涼しさは格別だろう。学習後の達成感と似ている。

   辛抱し文字を書く子の瞳は深し知識の泉湧くが如くに  幸一郎

サマースクール

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 平成24年8月1日9時45分、二年生の教室を覗く。勉強している。勉強してる後ろ姿はいいなあ。先生が朱ペンで○をつける。修正をする。これもいいなあ。江戸の寺子は、大志を抱いて勉強したらしい。慶応塾舎を立ち上げた福沢諭吉もまた、暑い中で勉強に勉強を重ねた人だ。教養主義の復活を願う。

   楽しみは鉛筆の音聴きながら子供の背中ながめ見る時

夏の学校図書館(1)

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 平成24年7月30日11時50分、学校図書館を覗いてみる。子供たちが本を読んでいた。7月19日号学校だよりの巻頭で「本を読めば幸せになる」と書いた。「本には人を幸せにする力がある」と言えば、多くの人は「大袈裟な」と思われるであろう。が、これは本気で書いた文章である。齋藤孝氏が、いじめられている子へのメッセージに、「一人で本を読む」よさについて書いている。
 本日は支援員の中間さんが学校図書館に勤められている日だ。中間さんの技を使った仕事ぶりに感嘆。こんな仕事をしていただいた。
(1)分類別に書架内変更、(2)館内地図の作成、(3)分類表の見出し修正、(4)購入図書の購入支援、(5)読み聞かせ、ブックトーク、アニマシオンの実施、(6)学校図書館内の飾り付け、(7)調べ学習等団体貸し出し図書の選定と手配、(8)夏休み中の読書活動推進、(9)図書資料の修正及び分類修正、(10)月ごとのテーマ展示。

   楽しみは子読みし姿見て足を止めつつ振り返る時   幸一郎
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学校行事
11/8 児童集会 安全指導 中休みマラソン
11/10 土曜授業
11/12 全校朝会
11/14 マラソン集会