オシロイバナ
オシロイの 種を数える 日なつかし サマースクール
辛抱し文字を書く子の瞳は深し知識の泉湧くが如くに 幸一郎 サマースクール
楽しみは鉛筆の音聴きながら子供の背中ながめ見る時 夏の学校図書館(1)
本日は支援員の中間さんが学校図書館に勤められている日だ。中間さんの技を使った仕事ぶりに感嘆。こんな仕事をしていただいた。 (1)分類別に書架内変更、(2)館内地図の作成、(3)分類表の見出し修正、(4)購入図書の購入支援、(5)読み聞かせ、ブックトーク、アニマシオンの実施、(6)学校図書館内の飾り付け、(7)調べ学習等団体貸し出し図書の選定と手配、(8)夏休み中の読書活動推進、(9)図書資料の修正及び分類修正、(10)月ごとのテーマ展示。 楽しみは子読みし姿見て足を止めつつ振り返る時 幸一郎 サマースクール
静けさや 鉛筆の音 聴くわたし サマースクール
サマースクール
真夏日や 鉛筆の音 聴くわたし サマースクール
笛吹けど 踊らぬわたし 汗をふく サマースクール
鉛筆の 音を聴きつつ 足止める 全校朝会「挨拶と無事故」
おはようございます。四ヶ月間、よく勉強したね。この四ヶ月を振り返ろう。では、二つ話します。 (1)勉強したのは皆さんの努力にちがいない。が、先生方のお陰でもある。きょう帰るときでもいい。先生、専科の先生方に挨拶をしよう。「ありがとうございました。」という言い方があるかもしれない。いろいろな挨拶の仕方がある。自分で考えて挨拶をして夏休みに入ろう。 (2)今年の夏休みは長い。目標、計画を立てて過ごす。これが大切。無事故で、病気をしないで欲しい。そして、9月3日元気な顔を私に見せて欲しい。お願いします。 夏休み ドラマ仕立てで 書く日記 幸一郎 校長講話「礼」
次の話、剣道は礼で始まって礼で終わる。これがいい。とりわけ最後の礼が大切だ。なぜか。勝っても、負けても、相手に敬意を表すからだ。私を含めて人は我が儘である。この字を見てごらん。示偏に豊と書いて礼(レイ)と読む。示偏は神様を指している。神様に豊かなものを捧げるのだ。それが礼の始まりである。礼で我が儘を押さえ込んで、相手を傷つけないようにする。 ところで、新聞報道、テレビ報道でみなさんも知っていると思うが、大津でいじめ自殺事件が起きた。「死ね」と努々言ってはいけない。禁句です。いや、絶対に言ってはいけない。こういうことも礼なのです。礼儀なのです。礼に始まり礼に終わる。これがいい。 朝顔や 親しき仲に 礼儀あり 平成24年7月9日(月) 「水玉」
朝顔の 耳に聞こえし 子らの声 平成24年7月6日(金) 5年「篆刻入門講座」
篆刻入門講座「印を作って押そう」
朱印押す ドラマ仕立てで 書く手紙 幸一郎 「二学期制のよさ」
第一は、学期が長くなることで学習の連続性・完結性を確保できることです。落ち着いた雰囲気の中で、基礎基本の定着を図ることができます。指導計画も立てやすくなります。第二は、長期休業期間が、それぞれの学期中に入るので、長期休業を活用した単元設定ができます。第三は、学習サイクルが長くなることは、生活科、総合的な学習などの問題解決学習プランを立てやすくなります。 なお、二学期制について疑問点がありましたら、個人面談等で担任、副担任にお尋ねください。※上記の写真はタイトルと一致するものではありません。 夏休み 指折り数え 待つ子らは 幸一郎 平成24年7月4日(水) 「向日葵」
ヒマワリを「向日葵」と書くのを知ったのは、小学校に入ってからである。学校の先生は、「お日様の方を拝みながら咲くのよ。」とおっしゃった。 手かざしに 向日葵あおぐ 校舎かな 平成24年7月3日(火)8時30分 「生き物はつながりの中に」
校長講話「雨の夜のかっぱ」
「浪人の小幡一学は、雨の夜、おほりばたを歩いていると、十歳くらいの子供がぬれながら歩いているのに出会った。『おい、わしのかさへ入れ。』声をかけたが、子供はしくしく泣いているらしい。」 こんな出だしの話です。筋は、子供が突然一学の腰をつかまえて、無理やりおほりに引き込もうとする。一学は引き込まれないとするが、子供の力の方が強い。一学は、全身の力で子供を突き飛ばす。辛うじて引き込まれないですむ。一学は、落ちた姿に向かって「かっぱか。」と言うのである。 筆者は、どうしてこの話をしたか。私が子供の頃、祖父、祖母、父、母も、「一人で川へ行くな。河童が出る。一人で湖に行くな。河童が出る。」と脅かした。少年の私は、河童がいると信じていた。河童は実在しない虚構の存在である。後年、虚構や嘘の話の中に真実があることに気付く。先祖の嘘の話の中に知恵がある。真実がある。子供には、怖いもの、畏れるものが必要だ。平成24年6月23日月曜日 不思議なバラ
「誰が見ていなくてもいいのです。知られなくともいいのです。でも、私は自分の花を咲かせてみますよ。」という、ノイバラの声なき声が聞こえてくるような気がする。不思議なバラだ。 潮騒を 聴くノイバラの 耳みえし 平成24年6月19日 俳句と短歌を楽しく読む
静けさや 蛙飛び込む 水の音 この句の切れ字は、静けさや、の「や」である。ここで、間をとる。どうしてか。俳句は二枚絵でできているからだ。静かな情景を描く。その静けさを予想させる。どんな静けさなのか読み手は、思い思いに予想すればいい。間をとって、次の二枚目の絵を読む。すなわち、蛙飛び込む 水の音である。蛙が飛び込んでいる姿、どこに飛び込んでいるかを予想する。そのあと、どんな音かを予想するのだ。このように俳句は二場面の詩である。詩というものはいいなあ。面白いなあ。奥行きがあるなあ。このように思わせたい。 |
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