目指す学校像 〜 厚い信頼関係で結ばれた学校(教師・生徒・保護者・地域)〜 1 生徒が自らの成長を実感し、学ぶ喜びと自信をもって主体的に学び、生きる力を伸ばす学校 2 教職員が使命感に溢れ、専門性を高めるとともに、一人一人の生徒に寄り添い、大切に育む学校 3 教師・生徒・保護者・地域が厚い信頼と絆で結ばれ、安全で安心して楽しい生活を送れる学校

2月2日(月)

カレーピラフ、バジルドレッシングサラダ、白いんげん豆のポタージュ、チーズ(鉄分&カルシウム)、牛乳
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1月30日(金)

学校給食週間「明治・大正」

明治22年、貧しくてお弁当を持ってこられない児童のために提供された「おにぎり・焼き魚・漬物」が学校給食の始まりと言われています。
給食が提供され始めて間もなくしてから戦争が始まり、食料不足の中で作られた一品が「すいとん」です。

ごはん、鮭の塩焼き、青菜のおひたし、すいとん、牛乳
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1月29日(木)

学校給食週間「昭和初期」

昭和16年に太平洋戦争が始まると、食料が不足し、全国的に給食が中止されました。
昭和20年に戦争が終わり、子供たちの栄養状態を改善するため、アメリカの支援団体による支援物資で給食が開始されました。届けられた支援物資は「脱脂粉乳・小麦粉・砂糖・バター・ジャム・缶詰」と言われています。支援物資で提供されたメニューは「ミルク(お湯で溶いた脱脂粉乳)」や「シチュー」でした。
昭和27年頃から、当時安価だったクジラが貴重なたんぱく源となり、給食を支えましたが、昭和57年に国際捕鯨委員会が商業捕鯨を一時停止したことで給食から姿を消しました。昭和62年に調査捕鯨が開始され、調査用に捕獲されたものを購入することはできますが、手軽に買えるものではありません。

バターライス、クジラの竜田揚げ、茹でキャベツ、トマトシチュー、牛乳
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1年生キャリア教育

1年生のキャリア教育の一環として、ライフデザイン講座を実施しました。当日は、マルチパフォーマンスユニットの皆様を講師としてお迎えし、多様な人々との出会いの大切さや、自分の将来に向けて主体的に行動することの重要性について学びました。
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1月28日(水)

学校給食週間「昭和初期〜中期」

戦後、アメリカから寄贈された材料で「パン・シチュー・ミルク(脱脂粉乳)」の完全給食が始まったころです。
完全給食とは、主食・おかず・ミルクが揃った給食のことをいいます。
昭和中期になると、サラダが登場し、みかん・りんご・干しぶどう・ヨーグルトなどをサラダに和えたものがありました。

学校給食で大人気の揚げパンが誕生したのもこの頃です。当時、お休みした児童に給食のパンを届ける文化があり、水分が少なく、硬くなったパンをおいしく食べてもらおうと、調理員が油で揚げて砂糖をまぶしたのが始まりと言われています。
現在では、衛生管理の観点から給食の持ち帰りはできません。

昔ながらの揚げパン、みかん入りサラダ、カレーシチュー、牛乳
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給食委員会活動

給食委員会では、全校生徒を対象にアンケートを行いました。このアンケート結果をもとに、2月・3月の給食メニューに取り入れていきます。本校の給食はとても美味しく、生徒たちは給食の時間を毎日楽しみにしています。
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1月27日(火)

学校給食週間「昭和中期〜後期」

うどんとスパゲティの間のような「ソフト麺」が登場し、給食で初めて洋食と呼ばれるカテゴリーができました。ソフト麺は一人前が袋に入れてあり、各自で袋を開けてお皿に出し、配られたソースをかけて食べるスタイルでした。当時はミートソースやカレーあんかけなどがソースとして提供されていました。現在は、ソフト麺を製造する会社がなくなってしまったので、幻の麺と呼ばれています。

脱脂粉乳をお湯で溶く「ミルク」と呼ばれるものが昭和22〜37年に提供されていましたが、昭和38年から「牛乳」の提供が開始されました。
和食・洋食・中華問わず、現在も牛乳が提供されているのは、栄養改善として学校給食が始まったからです。

ミートソーススパゲティ、フレンチサラダ、ネーブルオレンジ、牛乳
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1月26日(月)

学校給食週間「昭和後期」

今では当たり前に食べられるようになった米飯給食が正式に導入され、お米を使った給食のメニューのバリエーションが増え始めたころです。しかし、炊飯器が普及されていなかったため、給食では大きな回転窯でご飯を炊いていました。
厳しい衛生管理はなく、生野菜、殻付きのゆで卵、皮付きのバナナなどが副菜として提供されていました。

当時人気だった米飯給食は、現代でも人気のカレーライスです。
昭和のカレーライスは、豚肉、玉葱、人参、じゃがいもを、トマトケチャップ、ソース、醤油、カレー粉で味付けし、グリンピースとレーズンが入っているのが特徴です。
この時代、個包装のチーズが発売され、学校給食や家庭で手軽に食べられるようになりました。

昭和のカレーライス、塩ゆで野菜、うずら卵煮、チーズ(鉄分&カルシウム)、牛乳

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1月23日(金)

学校給食週間「平成」
平成17年に、食に関する知識と食を選択する力を育む「食育」を総合的に推進する「食育基本法」が制定。
オリンピックやG20などから、世界の食文化を学ぼう。

沖縄県の南に位置する、韓国に次いで日本から近い「台湾」の料理を紹介します。
台湾の家庭料理のルーローハンは、八角・シナモン・花椒・クローブ・フェンネルという5つのスパイスが合わさった「五香粉」という香辛料で香り漬けした甘辛い肉料理です。

ルーローハン、水菜と桜えびのポン酢和え、白菜と春雨のスープ、牛乳

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全国学校給食週間

1月24日〜30日は「全国学校給食週間」です。
明治22年、山形県の小学校で始まったとされる学校給食は、戦争によって中止されながらも、さまざまな歴史をたどり、現在まで続いています。
「全国学校給食週間」は、アメリカの支援団体であるユニセフの援助により戦後に再開されたことを記念して定めらたもので、学校給食の意義や役割について、理解を深め、関心を高めることを目的として、日本全国の小中学校で、昔の献立や郷土料理などを紹介しています。

三原台中学校では、現代「令和の給食」〜学校給食が始まった「明治22年の給食」を時代背景と共に1月22日〜30日の7日間で紹介していきます。

東京都学校給食会からお借りした昔の給食写真を掲示しました。
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1月22日(木)

学校給食週間「令和」
食料自給率アップのための「地場産物の活用」「地産地消」、平成に起きたアレルギー事故から考案された「アレルギーフリー献立」の実施です。

ハヤシライスは、米粉と米油のルーで作りました。
サラダは、練馬産のキャベツ、ブロッコリーを使用しました。
牛乳は、東京都青梅地域で飼育・搾乳されたものです。

米粉のハヤシライス、キャベツとブロッコリーのサラダ、東京牛乳

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梅の花が咲き始めました

校庭の梅が花が、次々と咲き始めました。冷たい風の中にも春のぬくもりを感じます。ほころぶ花びらの温かな気配が、これから入試に向かう3年生を応援してくれているようでした。
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1月21日(水)

枝豆入りひじきごはん、焼きししゃも、さつま汁、ぽんかん、牛乳
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1月20日(火)

レンズ豆とごぼうのドライカレー、レモンドレッシングサラダ、人参オレンジケーキ、牛乳
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1月19日(月)

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「食育の日」
3年生の受験応援として、験担ぎでとんかつを作りました。
受験前日と当日は、消化のいいものを食べて頑張ってほしいと思います。

麦ごはん、ごま味噌とんかつ(豚ヒレ肉35g2枚)、せん切りキャベツ、あさりとわかめのみそ汁、牛乳

スキー移動教室3日目(閉校式)

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昼食を食べた後に体育館で閉校式を行いました。たくさんの方々に見守りや支えていただき、おかげさまで生徒たちにとって学びが多く、そして思い出に残る2泊3日になりました。

スキー移動教室3日目(スキー実習3)

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実習が終了し、各班で閉講式を行いました。インストラクターの方たちが丁寧に教えていただいたおかげで、3日間で生徒たちは見違えるほどスキーが上達し、スキーの楽しさを学ぶことができました。終了時間ギリギリまで生徒たちから「もう1回リフトに乗りたい」「もっと滑りたい」などの声が多く聞こえてきたのが印象的です。ありがとうございました。

スキー移動教室3日目(スキー実習2)

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写真はうまく取れませんでしたが、とてもきれいに隊列を組んでゲレンデを滑る姿はとてもかっこよかったです!

スキー移動教室3日目(スキー実習1)

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最終日も天気が良い中、実習が始まりました。どの班も早速リフトに乗って颯爽とゲレンデを滑っていました。

スキー移動教室3日目(朝食)

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おはようございます。いよいよ最終日となりました。今日も体調が悪い生徒はおらず、皆元気に朝を迎えました。今朝は荷物整理や部屋の片付けなどを行った後、朝食を食べて最後のスキー実習に向かいます。
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