3月11日(火)![]() ![]() 牛乳 青のりビーンズポテト 練馬といえば大根と言われるほど、「練馬大根」の名は全国的に知られていますが、食生活の洋風化や、収穫が大変なこともあり、昭和30年代以降ほとんど生産されなくなりました。練馬区は平成元年から農家の協力を得て育成事業に取り組んでいます。 「練馬スパゲティ」は、練馬の子どもたちに「練馬大根」を伝承するために、食べやすい形で提供したいという思いから、約35年前に学校給食に登場しました。「練馬大根」のおろしとツナをパスタにのせた和風スパゲティです。毎年大人気のメニューで、区立小中学校のほとんどが「練馬大根」の調理方法として採用しています。三年生は給食を食べた9年間を思い出しながら、給食での最後の「練馬スパゲティ」を味わってください。 東日本大震災から14年たちました
東日本大震災発生14年となりました。
犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。 ![]() ![]() 3月10日(月)![]() ![]() 牛乳 お好みバーグ じゃがいもの味噌汁 「お好みバーグ」は見た目がお好み焼きのようなハンバーグのことです。ではお好み焼きとはどんなものでしょう。だしで溶いた小麦粉の生地に、細かく切ったキャベツや肉、イカなどを入れ、鉄板で平たく両面を焼いたものです。 生みの親は室町時代に、茶人の「千利休」は「麩の焼き」を茶菓子として用いるようになりました。 この「麩の焼き」は小麦粉と水と酒でねった生地を薄くのばして焼き、味噌をぬって丸めたもので、日本的お好み焼きの原型と言われています。 室町時代に「千利休」が茶会で披露したことで、お好み焼きの原型が広まりました。 今日はお好み焼きのように、キャベツがたっぷり入ったハンバーグにかつお節と青のりのソースをかけた「お好みバーグ」が出来上がりました。 3月7日(金)![]() ![]() 牛乳 魚の黄金焼き 塩豚汁 今日の献立の「わかめご飯」に入っている「わかめ」は「海の野菜」とも呼ばれている海藻の一種です。「わかめ」はとっても古くから食べられていて、今から2000年以上も前の人も食べていたという記録が残っています。 「わかめ」は、ミネラル・ビタミン・食物繊維など、さまざまな栄養素を豊富に含む健康優良食品です。例えば、わかめに含まれるミネラルのうち、「カルシウム」には丈夫な骨や歯を形成する働きがあり、「食物繊維」には腸内環境を整える働きがあります。その上「わかめ」には、身体の成長を助ける「ヨウ素」が含まれているので、成長期のみなさんには積極的に食べてもらいたい食材の一つです。 3月6日(木)![]() ![]() 味噌ラーメン 牛乳 揚げぎょうざ 今日は三年生の「卒業お祝いのリクエスト給食」の最終日です。 今日は麺の献立のNo.1に選ばれた「味噌ラーメン」とおかずの献立のNo.1に選ばれた「揚げぎょうざ」です。 「味噌ラーメン」は、北海道の札幌市内の大衆食堂「味の三平」店主によって1955年に考案されました。豚骨ベースのスープと中太ちぢれ麺が特徴で、スープはコッテリ濃厚でコクのある味わいなのが定番です。 「餃子」は第二次世界大戦後、その当時の中国の満州にいた日本人が帰国し、満州で食べた「餃子」を懐かしみ、また生活のために作って売るようになりました。「餃子」は中国では主食として食べることが多く、水餃子や蒸し餃子が一般的です。日本では焼き餃子が一般的です。焼餃子が普及したのは、主食の米に合うことや、焼いた香ばしい匂いが好まれる傾向があったようです。 日本では焼き餃子が殆どですが、揚げ餃子なども好まれているようです。 3月5日(水)![]() ![]() カレーライス 牛乳 コーンサラダ 今日は三年生の「卒業お祝いのリクエスト給食」の二日目です。 今日はごはんの献立のNo.1に選ばれた「カレーライス」です。 日本のカレーは、インドを植民地支配していたイギリス人がインドから自国に持ち帰り、イギリス風にアレンジしたものが日本に伝わり、さらに日本風にアレンジされたものがルーツとされています。「カレー」がはじめて日本の文献に登場するのは江戸末期ですが、実際に食べられるようになったのは明治のはじめ頃です。 「カレー」の語源には諸説ありますが、インド南部の方言であるタミル語のkariがなまったもの、という説が有力なようです。 タミル語でkariとは、「ソース、汁」という意味で、もともとは辛い食べ物ではなかったようです。 3月4日(火)![]() ![]() 二色揚げパン 牛乳 ポークシチュー 海の野菜サラダ 今日は三年生の「卒業お祝いのリクエスト給食」の日です。今日から三日間はリクエスト給食が続きます。 今日はパンの献立のNo.1に選ばれた「揚げパン」です。 「揚げパン」が給食のメニューとして出されるようになったのは、大田区の公立小学校に勤務する調理師さんが昭和27年に「揚げパン」を作り、学校を欠席した子供の家に届けさせたことがきっかけだと言われています。当時の「学校給食コンクール」での優勝経験もあるこの調理師さんは、作ってから時間が経過して硬くなってしまったパンをおいしく食べられるようにと考え、「揚げパン」を作ったようです。甘い食べ物を手に入れることが困難だったこの時代、子供たちにとっては「揚げパン」がごちそうに思えたことでしょう。それから今までずっと、給食の人気メニューのひとつになっています。 |
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